関東近辺の美術館めぐり ~美術・美景・美味を楽しむブログ~

生誕140年記念 下村観山展 (感想前編)【横浜美術館】

前回ご紹介したお店に行く前に、桜木町の横浜美術館で「生誕140年記念 下村観山展」を観てきました。この展示は既に終了していますが、参考になる展示だったので前編・後編に分けてご紹介しようと思います。なお、この展示は前期・後期に期間が分かれていて、私が観たのは後期の内容でした。

P1140495.jpg

【展覧名】
 生誕140年記念 下村観山展

【公式サイト】
 http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2013/kanzan/
 http://www.yaf.or.jp/yma/archive/2014/4032.php

【会場】横浜美術館
【最寄】JR桜木町駅/みなとみらい線みなとみらい駅


【会期】2013年12月7日(土)~2014年2月11日(祝・火) 
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 2時間00分程度

【混み具合・混雑状況(日曜日14時半頃です)】
 混雑_1_2_3_④_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_④_5_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_④_5_満足

【感想】
混んでいて、あちこちで人だかりができるような感じでした。

さて、今回の展示は近代の日本画草創期を牽引した日本美術院を代表する画家 下村観山の生誕140年を記念したものとなっていました。下村観山は代々 紀州藩徳川家に仕えた能楽師の名門の出身で、幼くして狩野芳崖や橋本雅邦の元で研鑽を積み、13歳で描いた絵が注目され早くから将来を嘱望されていたようです。明治22年(1889年)に16歳で東京美術学校の第1期生となり、横山大観らと共に岡倉天心の薫陶を受けることになりました。古典に通じ優れた描写力を持っていた観山は天心から期待され、天心の指導に最も応えたのが観山と言われているそうです。その後、文部省から2年の英国留学を命ぜられた観山は明治36年(1903年)にロンドンへ旅立ち、西洋画の描法や色彩論の研究に力を注ぎました。そしてその研究の成果も踏まえ、大和絵の伝統と巧みな描写を駆使しながら気品ある日本画を発表していき、後進達の目標となるような画家となっていきました。観山は岡倉天心の紹介で原三渓に知遇を得て、1912年に横浜に居を移し、そこを終の棲家としています。原三渓は古美術に造詣が深く、観山の創作を支援していたそうで、横浜は観山ゆかりの地と言えそうです。展覧会は時代ごとに4つの章に分かれていましたので、詳しくは各章ごとに気に入った作品をご紹介していこうと思います。
 参考記事:
  再興院展100年記念 速水御舟-日本美術院の精鋭たち- (山種美術館)
  横山大観展:良き師、良き友-師:岡倉天心、そして紫紅、未醒、芋銭、溪仙らとの出会い感想前編(横浜美術館)
  横山大観展:良き師、良き友-師:岡倉天心、そして紫紅、未醒、芋銭、溪仙らとの出会い感想後編(横浜美術館)
  三渓園の写真 (2013年6月 外苑編)


<第1章 狩野派の修行>
まずは修行時代の作品です。下村観山(本名 清三郎)は紀州藩 小鼓方幸流の能楽師の家系である下村家に養子に入った父と、小鼓方幸清流の家に生まれた母の3男として和歌山で生まれました。幕藩体制の崩壊によって8歳の時に上京し、祖父の友人であった藤島常興に絵の手ほどきを受けるようになり(絵画修業は明治15年9歳の頃から始まった)、この頃謡曲も始めたようです。常興はほどなく狩野派の狩野芳崖に清三郎を託し、芳崖はその画才を認め、北心斉東秀の号を与えました。この頃の作品はすでに懸腕直筆(筆を垂直に持って肘を机から離し、さらに腕を脇から話して構える筆法)による狩野派特有の線描を忠実に示しているようです。また、明治19年になると制作に多忙を極めた芳崖は同門の盟友である橋本雅邦に北心斉東秀(観山)を紹介し、師事させました。そしてこの年、フェノロサが主催し橋本雅邦が所属していた鑑画会に「雪景山水図」を出品すると、わずか13歳にして老練した画家の筆を思わせる才能が話題となり絶賛されたそうです。ここにはそうした若い頃(というか子供の頃)の作品から並んでいました。

6 下村観山 「許由」
これは北心斉の号が入っている作品で、許由が滝で耳を洗っている場面が描かれています。これは狩野派の粉本模写らしく、輪郭の表現などからは狩野派らしさが感じられます。製作年からして11歳の時かな? これを小学生くらいの時に描いたとは信じられないほどの描写力で濃淡も見事でした。

16 下村観山 「森狙仙 画[猿図]模写」
こちらも模写で、江戸時代に猿の絵で名を馳せた森狙仙の作品を写しています。森狙仙は猿の毛並みを精緻に描いて評価されていたのですが、この絵でも毛並みを絶妙な濃淡と細かい線で表現し、フワフワとした感じを出していました。これは17歳の頃の模写ですが、恐ろしく非凡なのがよく分かります。

この近くには羅漢を描いた作品などもありました。


<第2章 東京美術学校から初期日本美術院>
東京美術学校が開校すると、観山は横山大観らと共に第1期生として入学し、天心の薫陶を受けることとなりました。観山の画号はこの時から使い始めたらしく、天心から与えられたと考えられるようです。美校では再び狩野派の筆法の修練から始めることとなったそうですが、既に一角の画家であった観山は大和絵の研究にも励み、独自の画風を創り出していきます。卒業後はすぐに助教授となって後進の指導にあたりながら作画に励んだそうで、明治29年に天心が組織した日本絵画教会に参加しました。その後、明治31年に天心が東京美術学校の校長の職を追われてしまうと、観山は天心に順じて橋本雅邦、横山大観、菱田春草らと共に学校を去り日本美術院を立ち上げました。第1回展では大観と共に最高賞の銀杯を受賞したそうで、初期の日本美術院は輪郭を用いずにぼかしを伴う「朦朧体」と揶揄された技法が使われていたようです。その中で観山は古典的な傾向と朦朧体に寄った傾向に同時に取り組み、堅実な歩みを進めていったようです。ここにはそうした学生時代から日本美術院設立頃までの作品が並んでいました。

24 下村観山 「熊野観花」 ★こちらで観られます
これは卒業制作の作品で、平宗盛の妾が病気の母に会いに行くことを許してもらえず、清水寺に花見に赴く途中に重い足取りで牛車を降りる場面が描かれています。茶色っぽい背景に薄い色合いで牛車から降りる十二単の女性が描かれ、周りには大勢の人の姿があり賑わっているようです。大勢の人がいるにも関わらず1人1人の動きや表情が豊かに描かれ、モノトーンな背景に対して明るい色合いなこともあってか人々に目が行きました。高い構成力・描写力が伺える作品でした。

30 下村観山 「蒙古調伏曼荼羅授与之図」
これは掛け軸で、龍が描かれた絵を背景に数珠を持った僧が、座った烏帽子の若い武士と向き合っている様子が描かれています。その脇には2人の弟子らしき人物もいて、周りには大勢の聴衆の姿もあります。解説によると、これは蒙古調伏のための大旗曼荼羅を作った日蓮が説法して激励している様子らしく、背後の人々は薄い色なのに対して手前の武士は濃い色彩で存在感があります。また、左下の表装部分にはみ出しているような表現となっているのが、立体感を増しているように思いました。

38 下村観山 「春秋鹿図」
これは6曲1双の屏風で、右隻は藤の垂れ下がる木の下にいる鹿、左隻は白い菊?がたくさん並ぶ花畑に立つ2頭の鹿が描かれています。右の春の鹿は穏やかそうで、濃淡や線で表された毛並みは柔らかそうに見えます。木々も細部が描かれていないなどぼんやりとした感じを受けました。一方、左隻は左から右に向かって風が吹いているように花がしなっていて、2頭の鹿の目がキリッとしているなど、動的かつ威厳を感じる画面となっていました。季節も表現も対になる面白い作品です。


<第3章 ヨーロッパ留学と文展>
続いてはヨーロッパ留学と文展についてのコーナーです。観山は明治34年に教授として東京美術学校に復帰し、その2年後に文部省から2年間のイギリス留学を命ぜられました。観山はそのほとんどの期間をロンドンで過ごし、フランス、ドイツ、イタリアなどを巡遊した後、明治38年に帰国しました。滞欧中は色彩の研究を目的として西洋画の研究や模写を行ったそうです。その一方で日本美術院の活動は次第に停滞し、明治36年には立ち行かなくなり、観山帰国後の明治39年に天心の別荘のある茨木の五浦に拠点を移し、観山も転居することとなりました。 その後、明治40年になると文部省美術展覧会(文展)が設立されると、観山は審査員として出品し、琳派を思わせる装飾性を見せ高い評価を得ました。やがて文展の中で新派・旧派の対立が起きると、天心を会長とする新派の国画玉成会が設立され、観山はそちらにも参加し古典研究の成果を発揮したそうです。ここにはそうした時代の作品が並んでいました。
 参考記事:五浦六角堂再建記念 五浦と岡倉天心の遺産展 (日本橋タカシマヤ)

45 下村観山 「ナイト・エラント(ミレイの模写)」
これはラファエル前派のミレイの作品の模写で、木に縛られた裸婦を甲冑の騎士が剣で縄を切って助けている様子が描かれています。これはオリジナルと見まごうほどのクオリティで、水彩なのに甲冑の質感や裸婦の肉感などが見事に表現されていました。

47 下村観山 「まひわの聖母(ラファエロの模写)」
これはルネサンス期の巨匠ラファエロの模写で、掛け軸仕立てになっています。本を持った赤と青の服のマリアが赤ん坊のキリストと洗礼者ヨハネの肩を抱き寄せているような姿で、これも油彩のような強い色彩に驚きます。ひと目でラファエロと分かるほどに画風が似ていて、緻密描く優美な雰囲気が特に見事でした。


ということで、3章の途中ですがこの辺で半分くらいなので今日はここまでにしておこうと思います。今年は日本美術院に関する展示の当たり年となっていて、各地で開催されますので、その中でも有力な観山を知っておくと、それらの展示もより有意義なものになると思います。後半も見どころになる作品がありましたので、次回はそれについて書いていこうと思います。



 参照記事:★この記事を参照している記事


  
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