関東近辺の美術館めぐり ~美術・美景・美味を楽しむブログ~

生誕140年 吉田博展 山と水の風景 【東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館】

この展示は7/17に観てきました。質・量ともに圧倒的で非常に満足度の高い内容となっていました。今季一押しの展示です。

DSC04890.jpg

【展覧名】
 生誕140年 吉田博展 山と水の風景

【公式サイト】
 http://www.sjnk-museum.org/program/current/4778.html

【会場】東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
【最寄】新宿駅

【会期】2017年7月8日(土)~8月27日(日)
 前期:7月8日~7月30日  後期:8月1日~8月27日
 ※営業時間・休館日・地図・巡回などは公式サイトでご確認下さい。

【鑑賞所要時間(私のペースです)】
 1時間30分程度

【混み具合・混雑状況】
 混雑_1_②_3_4_5_快適

【作品充実度】
 不足_1_2_3_4_⑤_充実

【理解しやすさ】
 難解_1_2_3_④_5_明解

【総合満足度】
 不満_1_2_3_4_⑤_満足

【感想】
既に人気が出ていて、多くの人が来場していました。たまに列を組んで観るような感じですが、ちょっと待てばじっくり観ることもできました。

さて、この展示は日本よりも海外での評価が高い明治時代の画家 吉田博の大規模な回顧展で、巡回展として日本各地を周っています。実は去年に郡山市立美術館で行われた展示を観てきたのですが、その時もかなりの人気となっていて、美術好きだけでなく幅広い層の支持を受けていました。そしてついに東京での開催を迎え、ますます人気になって行きそうな予感がします。 巡回先によって出品作品が異なり、東京開催でも前期・後期で大規模な作品入れ替えがあるなど、ボリュームのほうも大充実で、画業の始まりから晩年まで様々な作風の作品を楽しむことができました。6つの章に分かれて展示されていたので、各章ごとに大まかな内容を0ご紹介しようと思います。


<第一章 不同舎の時代:1894-1899> 17点(うち前期のみ展示13点)
吉田博は元々は上田博として久留米に生まれ、子供の頃から絵が好きだったこともあり九州の洋画家の草分けとされる吉田嘉三郎に見込まれて24歳で養子に入りました。吉田嘉三郎は博に跡を継がせるために京都の田村宗立の弟子入りを命じ、博はそこで修行していました。しかし京都で写生旅行に来ていた三宅克己と出会うとその水彩画に魅せられ、更なる研鑽を積むために東京に出て不同舎の小山正太郎に学ぶようになりました。

ここにはそうした少年時代のスケッチから不同舎で実力をつけた頃の作品が並んでいます。13歳の頃の船の絵などは高いデッサン力があったことがよくわかります。主題は主に風景で、鉛筆で描いたものも素晴らしいですが水彩はさらに叙情性があり、古き良き日本の原風景を軽やかな色彩と精緻な筆致で瑞々しく表現していました。不同舎では結構色々な所に遠征していたようで、日光で描いた作品もいくつかあり、これも良い作品が多かったです。


<第二章 外遊の時代:1900-1906> 23点(うち前期のみ展示16点)
不同舎で力をつけた吉田博は弟弟子の小杉未醒らの心を捉える「吉田流」とも言える境地まで達していたようですが、その頃の中央画壇は黒田清輝ら白馬会が要職を占め、その一派が国費で留学している状態だったらしく、吉田博はそれに憤慨していたようです。折しも義父が亡くなり義理の家族も含めて6人を養う身となっていたこともあって 絵を売って生活をしていたのですが、横浜でアメリカ人に特によく売れたことから不同舎の後輩の中川八郎と共にアメリカ経由の渡欧を決意したようです。(その背景には三宅が絵を売りながら渡米したことも影響したようです) そして言葉もわからないまま現地に行った所、作品を持ち込んだデトロイト美術館の館長の激賞を受けて急遽2人展を開くことになり、1000ドルを超える大金を得ることができました。その後、この大金を元にボストンに移り、さらにイギリス、フランス、ドイツ、スイス、イタリアを巡って2年ほどで帰国しました。帰国後、吉田博は白馬会に押されて停滞気味だった明治美術会を「太平洋画会」と名を改め、若手を中心とした組織にして やがて白馬会に対抗していくことになります。
そして更に2年後には今度は義理の妹と共に再度アメリカに渡り兄妹展を開催すると、これまた大好評で大金を得ることができました。そしてまたイギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、スイス、イタリア、スペイン、モロッコ、再びスペイン、イタリア、エジプトなど3年近くかけて外遊したようです。

ここには外遊時に売ったのと同じような主題の作品があり、外国人受けする日本の風景や街並みを描いた作品がありました。霧がかった情感たっぷりの風景などは現代の我々から観ても理想化された日本の自然のように映ると思います。その後は留学時に描いた油彩画なども並んでいて、西洋の風景でありながらもどこか日本的な感覚の作品などもありました。ちなみに、この章に展示されているプラド美術館で描いたヴェラスケスの模写と、ヴェニスで描いた風景画は夏目漱石の「三四郎」の話の中でも紹介されていて、ヴェラスケスの模写はあまり出来が良くないというセリフもあるようですw(実際、それほど似てる模写ではないですが。)


<第三章 画壇の頂へ:1907-1920> 34点(うち前期のみ展示7点)
再帰国後、白馬会と太平洋画会の対立は再び深まり、博覧会の審査員の大半が白馬会で占められたことに抗議して賞の返還をするなどの事件もあったようです(この辺の事情が吉田博があまり紹介されない一因だったのかも) その後の文展では公平に審査員が分配されると吉田博は3等を受賞するなど活躍し、さらに若くして文展の審査員を務めるなど洋画界の頂へと登りつめて行きました。しかし、その後、新しく作られた国民美術協会の会頭が黒田清輝になると吉田博は脱退し、恐らくそれが原因で文展の審査員からも外されました。(黒田清輝は知れば知るほど功罪の多い人物ですw) その頃、吉田博は再び外遊を計画しようとしたものの第一次世界大戦が始まりそれどころではなくなってしまいましたが、それが逆に転機となり国内の山々を描くことに熱中しはじめ、実際に山に登っては山を描くというスタイルになっていきました。

ここには文展に出品された作品や、信州や沖縄など日本各地の風景画、穂高山や槍ヶ岳などの高山を描いた作品が並んでいました。特に山間の絵は雲間から見える陽光が描かれるなど、神秘的かつ雄大な光景の作品が目につきました。吉田博はこの頃の西洋画の動向には全然興味がなかったようで、写実的で緻密な独自の画風を貫いていたようです。たまにちょっと印象派のような大胆さやナビ派のような装飾的で平面的な感じの作品があったりもしますが、意図して描いたのかまでは分かりませんでした。


<第四章 木版画という新世界:1921-1929>  68点(うち前期のみ展示20点)
大正9年に吉田博の転機となる仕事が舞い込み、それから木版画の世界へと進んでいくことになります。それは明治神宮完成の木版画の依頼で、版元は渡邊庄三郎(伊東深水や川瀬巴水の版元として有名)でした。しかしこの仕事では7点の原画を提供するだけだったようです。その後、関東大震災が起きた際に被災した太平洋画会の仲間を救おうと再びボストンに絵を売りに行ったところ、売上は芳しくなく既に日本人画家という物珍しさは失われていましたが、アメリカでは日本の木版画に人気が出ていることが分かりました。当時は低俗な浮世絵でももてはやされていたようですが、吉田博はそういったものどころか伊東深水や川瀬巴水にも飽き足らずに自分が新しい木版画の世界を開拓する気持ちで挑み始めました(この時既に自身の木版も高い評価を得ていたようです。) ちょうどこの頃に懇意にしていた山案内人が亡くなったこともあり、山への情熱が薄れて木版に集中したらしく、帰国した年に17点、その翌年に41点と驚異的なペースで制作しました。吉田博の木版の特徴は原画から彫り、摺りまですべて自らが監修を行っていたことで、自身が猛勉強するだけでなく職人たちの指導も行っていたようです。また、同じ版木の色を変えることで朝昼晩というように表現する「別摺」という技法を生み出し、それも高く評価されたようです。さらに、かなりの大型作品もあり紙と版木の反り返る率の違いに苦労したという話なども紹介されていました。

この章はまず明治神宮の作品がありました。これは縦長の掛け軸のような感じで明治神宮を見渡す構図なのですが、まあこの後に出てくる版画に比べれば地味な印象かなw その後にあった別刷りを使った帆船の版画は特に見どころとなっていて、薄めの色のグラデーションが神々しいほどの光を感じさせます。他にはアメリカの絶景や山を主題にした作品群、欧州やエジプトを主題にした作品群、日本アルプスを主題にした作品群、東京の風景を主題にした作品群、動物や人物を主題にした作品群 などこれまでの吉田博のルーツを感じさせる作品がずらっと並んでいました。この章にも油彩もありましたが、やはり今回の展示で一番の魅力はこの章の木版だと思います。「自摺」と印のあるものが多く、これは自分が摺りを監修した証らしく、品質に高い誇りを持っていたのが伺えます。ちなみに、亡くなったダイアナ元英皇太妃も執務室に吉田博の作品を飾っていたという逸話も紹介されていました。


<第五章 新たな画題を求めて:1930-1937> 30点(うち前期のみ展示9点)
版画の仕事が安定してくると、夏は旅して写生を行い秋から春に木版を造るようになっていたようです。また、大正13年から秋の帝展の審査にも復帰し、毎年山をテーマにした大作を出品するのが恒例となりました。その後、昭和5年になると息子を連れてインドと経由地のアジア各国に旅行に行ったそうで、この旅はヒマラヤへの憧れと世界不況によってアメリカでの売上が見込めないことが背景にあったようですが、今までとは異なる雰囲気の画題を残しています。さらに60歳を超えてからは山登りを止めたものの、昭和11年には朝鮮半島・中国を訪れています。(昭和12年から日中戦争が勃発しているので、当時の政情とも関係があったのかもしれません。) この章ではこれまでの欧米日をテーマにした作品とは異なるアジアの風景が描かれた作品が並んでいました。

ここは油彩も見事で、インドの王宮内を描いた作品なども目を引きました。勿論 版画もどれも素晴らしく、異国情緒があり神秘的でありつつもどこか温かみを感じる表現となっていました。


<第六章 戦中と戦後:1938-1950> 9点(うち前期のみ展示1点)
最後は戦中と戦後のコーナーです。戦中は従軍画家として戦地で取材をしていたようで、急降下する戦闘機から観る光景などを描いています。しかし取材旅行や木版画の仕事はできなくなったようで、官展への出品もこの頃は行っていません。また、戦争末期の頃は製鉄所や造船所といった軍需産業の工場を描いていたようで、特に溶けた金属が赤く光っている絵が気に入ったらしく数点展示されています。終戦の際は疎開先にいたのですが、終戦後はアメリカでの知名度から進駐軍からの引き合いも多かったようで、戦災を免れた自宅はさながらサロンのようになっていたそうです。そこにはマッカーサー夫人なども来ていたようで、マッカーサーが日本に来た時に真っ先に「吉田博はどこにいる?」と言ったという伝説まであります(本当かは分かりませんがw)
 しかし終戦後わずか5年程度で亡くなってしまい、念願だった木版の世界百景を叶えることはできず不同舎時代のような日本らしい風景の木版が最後で、油彩では山からの眺めを描いた作品で絶筆となりました。ここにはそうした作品が並び、頑固一徹の人物であったと締めくくられていました。


ということで、久々に長文の記事になりましたがそれだけ満足感が高かった展示でした。これだけ素晴らしい内容なので図録も買いました(買ったのは去年の郡山の展示ですが) 美術初心者にも分かりやすい作品と展示構成になっていると思いますので、この夏 特にオススメしたい展示です。後期展示も行くかもw

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